三里四方の食によれば病しらず

2014.3.28更新!
宮城県水産高校 教諭 若松英治

 古来、中国の仏教書によれば「自分の住んでいる地域で採れるものを食べれば病気になることはない」と言われています。近年、輸送の効率化や冷凍技術の向上が進み「いまの時代、年中他の地域で採れた色々なものを食べられるのだから、旬など意識する必要なんかないんじゃないか!?」と思ってしまいがちですが、そう単純なものではないようです。
というのも、例えば冬が旬のほうれん草はビタミンCが豊富な野菜として知られていますが、「日本食品標準成分表(2000年発行)」によれば、旬である“冬”に採ったほうれん草は100g中に60mgのビタミンCが含まれているのに対し、“夏”に採ったほうれん草は20mg程度しか含まれないということがわかります。今や“一年中食べられる”ほうれん草でも旬かどうかで、なんと!栄養価が3倍も違うのです!さらに月別に見ても2月で73mgあるのに、7月は僅か9mgしかありません。これは、ほうれん草に限らずトマトで言えば旬の7月で18mg、1月では半分の9mgしかないようです。この事実から見ても、旬のものを食べることは栄養学的にも理にかなっており、確かに旬の野菜を食べれば、普段よりも濃厚な味わいを感じることができます。やはり春夏秋冬、それぞれの季節ごとにふさわしい食材があると言えます。
 さて、野菜が季節感を喪失しつつある中で、いまなお季節感が強く意識されているのは魚介類です!はっきりした旬の時季を示しづらいのですが、例として春(3~5月)イサダ、コウナゴ、メロード。夏(6~8月)カツオ、マグロ、ホヤ。秋(9~11月)サンマ、イワシ、サバ、カキ、ホタテ。冬(12~2月)タラ、カレイ、サケ、タコ・・・と、季節ごとに旬の魚が揚がるのを今か今かとワクワクします。季節ごとに獲れる魚介類は脂がのって栄養豊富です。食べればそれぞれの魚介ごとに持つ優れた栄養素を摂取することがきます。私たち日本人は昔から旬の魚介類を食べることで必要な栄養を摂取しつつ、冬の寒さをしのぎ、夏の暑い時期をバテることなく過ごしてきたのでしょう。そこが、肉を食べることとの決定的な違いではないでしょうか?
特に石巻は金華山という「世界三大漁場」を擁し、南北から海流に乗ってあらゆる魚が集中するため季節ごとに様々な魚介が水揚げされます。この魚介類の豊富さは、すなわち“私たちが豊富な栄養素を採る”ことを可能にします。
ここで、旬の魚介を食すことについて考えてみましょう。冬は寒さによって「血管や筋肉の収縮」が見られます。それによって、体内にあるビタミンやミネラル(カリウム・亜鉛など)が消費され、新陳代謝が落ち、免疫が低下するため風邪などの体調不良を引き起こします。そんな時、晩秋から冬に旬を迎える“カキ”は、「海のミルク」とも呼ばれるほど栄養豊富で、必須アミノ酸をすべて含むタンパク質やカルシウム、亜鉛などのミネラル類をはじめ、様々な栄養素が多量に含んでいるため、冬に応じた体づくりに欠かせません!さらに、冬に旬の「タラ」は、“カリウム”の含有量が多く、水分調整、血圧上昇抑制(脳内出血の予防)、筋肉収縮の円滑化にも関与しています。また、脂肪分が極端に少ないことからも生活習慣病予防にピッタリで運動不足になりがちなこの季節に体に優しいばかりか、消化・吸収の際に胃腸に負担をかけないので、病院食や幼児の離乳食、お年寄りの食事にも適しています。
最近よく耳にする「地産地消」とは、その土地で生産された野菜・肉・魚・米などを消費することで経済的に地元を潤すだけではなく、「自然に健康的な体づくりができる」というメリットがあります!
もちろん本校では季節ごとに獲れた(育てた)魚介を食すことで“旬の味”を堪能しながら、“栄養”と“調理・加工”についても学ぶことができます!本校で“旬”を「味わい」、「栄養」を知り、より美味しく、より効果的に栄養を摂取できるような「調理・加工」を学んでみませんか?

2月のコラム
六次産業化の波

2014.3.11更新!

宮城県水産高校 教諭 若松英治

 近年、農家や漁師は、地球温暖化による気温や環境の変化により生産が難しくなっていることに加え、安価な輸入品の影響を受け、以前のように“生産するだけ”では経営的に厳しい状況が続いています。

 そこで!この状況を打開するために、一次産業(農林水産業)の従事者が生産だけではなく、それを原材料として二次産業である加工(製造)を行い、最終的に三次産業として加工品の販売や観光農園のような地域資源を生かしたサービスの展開により、利益や雇用を増やそうという動きが広まりつつあります(このような動きを一次×二次×三次を掛け合わせた事業として「六次産業化」と呼んでいます)。

 国はこうした動きを後押しするため2010年に「六次産業化法」を成立させ、この法のもと“総合化事業計画”を申請し、認定されれば、無利子融資資金の償還期限・据置期間が本来10年の期限が12年と2年延長され、新商品開発や販路開拓に対して補助金が増え、さらに加工・販売に関わる施設設備に対する補助を受けられるというメリットがあります。今日では全国各地でこの支援を利用して、「六次産業化で一次産業の振興や地域活性化を図ろう!」と、様々な取り組みが行われています。

 ここでその一例として、山口県萩市の北西に位置する離島、「大島」における六次産業化の取り組みを紹介します。萩沖は対馬暖流に乗ってアジ、タイなどの魚やイカが回遊し、さらに豊富で良質なエサ場となる大陸棚により魚が留まるようになっています。

 しかし!5年ほど前から急激に魚が獲れなくなり、漁獲高がピーク時の約半数にまで落ち込みました(正確な原因は不明ですが、地球温暖化の影響で海水温が上がり萩沖が魚の回遊コースから外れたのではないかという説があります)。そこに燃料費の高騰、獲った魚が思うような値で売れなくなってきたことなどが重なり、島にあった3社はいずれも経営難となりました。そこで生き残りをかけ3社が合流、「萩大島船団丸」という水産会社を立ち上げました。

 船団長は「水揚げすれば儲かるような時代はこの先望めない。少ない魚でも安定経営できるように、萩の魚を自分たちで宣伝して、販路を開拓して、売って行かなくてはならない」と考えるようになると同時に“六次産業化法”の存在を知り、「これだ!」と考えたようです。

 萩大島船団丸が考えた“六次産業化に向けた事業方針”は、大きく分けて次の3つが挙げられます。

①産地直送による利益と鮮度の確保
 「産地直送で何が変わるのか?」の前に日本における魚介の“流通”と“市場”の役割を紹介します。
漁師は獲った魚を“産地市場(石巻などの港町にある)”に運ぶ→仲買(なかがい)業者が買い付け、大都市にある“消費地魚市場(東京なら築地が有名)”へ送る→そこでさらに別の仲買業者が買い付け、小売店(魚屋、スーパー)に売る→魚屋、スーパーで店頭販売→そして消費者(私たち)が購入する、というのが“市場を経由した流通”の例(流通については、あらゆる経路があるため、あくまでも一例として紹介)です。

 今も昔も重要な役割を担っている“市場”と“流通”ですが、急速に変化する今の世の中において、まったく問題がないとは言い切れなくなってきました。
例えば、漁師が獲った魚をA市場に出し、一匹30円の値で売れたとします。それを仲買Bが買って、さらに違うC市場へ60円で出し、それをまた仲買Dが買い付けてF市場へ90円で出し・・・と、市場・仲買を通す度に値が上がり、最終的に私たちは30円だった魚を100円以上の値段で買うようになります。漁師は魚一匹を30円で売った時点で取引が終わるため、最終的に魚の値がどんなに上がっても漁師の利益になりません。ですから、漁師としては最初の売買の段階で経営が成り立つような値で魚を売ることができなければ、たちまち経営難に陥るといった問題が出てきます。

 このような問題が現実のものとなって萩大島の漁師たちを襲いました。環境の変化か、魚が獲れなくなり、漁獲量が減っているのにも関わらず、それでも魚の値が上がらないために経営難になったのです。そこで、危機的状況に陥った萩・大島の3社が合流し、新たに萩大島船団丸を設立、地元の漁協に理解を得て、生き残りをかけて六次産業化を進めました。

 まず萩大島船団丸が具体的にとった戦略は、“市場外流通(産地直送)”でした。市場や仲買を通さずに「とれたての魚を直に送って欲しい」という店(飲食店など)と直接取引することで最低限の利益を確保できる価格設定を可能にして、経営の安定化を図りました。例えば仮に、漁師がこれまで30円で売っていた魚を飲食店などに直接80円で売ることができれば、これまでより50円多く利益を確保でき、飲食店側も今まで一匹100円以上の値だったことを考えれば大変助かります。しかも、直送なので市場経由より到着が最大24時間も早いため、抜群の鮮度で魚を提供できるという考えです。

 しかし、ここで注意して欲しいのは「市場の重要性」です。「市場」によって多くの物資を一ヶ所に集めることができ、必要なところに再分配することができます。そして、市場は漁師(生産者)が出荷したものを“すべて引き取り”、代金を集金してくれますので、漁師は「魚が獲れたのは良いが、誰も買ってくれない状況」を回避でき、確実に現金収入を得られるため、安心して漁に出られます。また、“小売り(スーパーや魚屋など)や仲卸業者に対して、安定的かつ効率的な取引の場を提供し、消費者に対して迅速かつ効果的に生鮮食料品を供給する”というように、今も昔も重要な役割を担っています。このように、「市場」がなければ販路をもたない漁師は魚を獲ってもすべてを売りさばくことは難しいでしょうし、我々の食生活も品薄で貧しいものになります。「市場流通」にせよ「市場外流通」にせよ、一長一短があり、生産したものをどちらで流通させるかは個々の生産者の選択によるところです。


②魚の付加価値を高める
 直送するときには、獲った魚を船上で一匹ずつ“血抜き”して鮮度を保ち、漁の後には魚を同じ向きに丁寧に並べる“箱詰め作業”をして発送となります。“箱詰め作業”は、丁寧にスキ間無く詰め込み、魚の入れ方や向きにも気を遣うことで3時間以上の時間を必要とする作業です。漁を終えた直後の漁師にとっては想像以上にハードな作業であり、漁師の一人がこの作業を“辞めたい、休ませて欲しい”とこぼしたそうです。そこで、“自分たちの仕事は、誰にどう評価されているのか”、実際に直送先の料亭に足を運び視察に行ったところ、「どんな人がどんな風に食べてくれているか」、「現場で手間と時間をかけた魚が高い価値(付加価値)を生んでいる」ことを知り、その作業の価値を再認識することができ、“仕事のやりがい”にもつながったようです。


③顧客が求めるものの提供
 萩大島船団丸では獲った魚を帰港後すぐに宅配便で直接高級料亭などの飲食店に送ります。このとき“市場価格に比べ1.5倍の1箱5千~7千円”で取引されます。このことは“客にとって魅力があり、求めるものを提供すれば多少高くても売れる”ことを証明しています。こうして“顧客の視点”で営業した結果、事業も軌道に乗り、少しずつ赤字も減り、現在は新たな事業展開の準備に忙しいようです。


 萩大島船団丸のように「六次産業化」を図った起業は、他にも全国各地色々な形で展開されています。どの取り組みも農家や漁師(生産者)にとって“消費者の表情や感動を直接的に感じられるきっかけ”となり、“生産することの充実感とやりがい”を与えてくれる起死回生の一手となっています。


 本校では、生物環境類型、フードビジネス類型が、「六次産業化」に取り組んで行きます!特に生物環境類型では、ワカメやホヤ、カキにカレイなど、“自分たちで育てた魚介”を加工し、地元の名産になるような新たな商品開発にも携わることができます!

 「六次産業化」は、生産者が起業するための起爆剤として、これからますます脚光を浴びていきます。宮城県水産高校で六次産業化を学べば、「あなたも社長になれる!」・・・かもしれません。

1月のコラム
「カキのゆりかご万石浦」と「牡鹿半島カキ漁師の26カ月」

2014.1.31更新!

宮城県水産高校 教諭 若松 英治

 晩秋から冬にかけて旬を迎える「海のミルク」と呼ばれる“カキ”は、様々な栄養素が多量に含まれた冬には欠かせない食材のひとつです。宮城県では特に、1925年(大正14年)宮城新昌氏らによって開発された貝殻による採苗方法は、種ガキ生産を輸出産業として発展させ、宮城のカキ生産の増大に寄与することになりました。
折角なので、ここで牡鹿のカキ漁師が「いかにしてカキを生産しているか」について紹介したいと思います。

<4月~7月>
一般的にカキは出荷できるまで“2年以上”の歳月を要します。最初の作業として数十枚ものホタテ貝の殻を半分ずつ同じ向きに針金で通し、一本の棒状にする「殻っこ刺し」を行い、できたものを“原盤”と呼びます。

<1年目・7~8月(カキ0ヶ月目)>
7~8月はカキの放卵時季です。この時季に原盤を牡鹿半島の浜で海中に沈ませ、貝にカキの幼生(卵が水中に漂い、約2週間のプランクトン生活をしている状態)を付着させます。実はここが“漁師の腕の見せどころ”と言うべきところで、“自然と漁師の駆け引き”が行われます!例えば東風が吹けば幼生は松島へ流れ、逆に西風が吹けば松島から幼生が流れてくるといったように風や潮流が幼生の付着具合を左右します。また、台風がいつ来るか、海水温度(適温24℃)や海中に漂う幼生の大きさと密度を日々観測し、まさに情報戦に入ります。水産試験場や地元漁師など(もちろん本校も)でデータを出し合い情報を共有するのですが、この情報を手がかりに経験とカンによって原盤を海中へ設置していくわけです。カキ漁師は、手法や好みにもよりますが、料亭やレストランに提供するような“良質のカキ”を生産するため、基本的に“貝一枚にどれくらい幼生を付着させるか”が勝負のカギと考えており、カキどうしが邪魔しあわないよう薄く付着させようとする人もいます(幼生が付着し過ぎるとカキが大きく育たない)。だからこそ、原盤設置のタイミングが腕の見せどころなのです!

<1年目・9月(カキ1ヶ月目)>
 原盤に幼生を付着させたら、その原盤を浜から“万石浦”へ移動させます。なぜなら万石浦は“干満の差”が大きく、時化ない(海が荒れない)ことから、この時期のカキの成長にとって格好の場所だからです!
カキの幼生が付着した原盤をある高さの棚に乗せることで満潮時は海水に浸かり、干潮時には浸からない状態になります。この状態はカキにとって常にエサを採れるわけではないため過酷な状況なのですが、干潮時は日光によって弱い種ガキが死滅し、外敵や他生物の付着を防ぎます。外洋にはない干満によって、種が自然淘汰(自然に悪いものが除かれ良いものが選び出されること)され、丈夫な種ガキに変わっていきます。このように万石浦は「カキのゆりかご」と言われるほどカキの養殖に適しているのです!

<1年目・3月~4月(カキ7ヶ月目)>
 カキが指の爪ほどの大きさになった辺りで、原盤を万石浦から半島の浜へ戻します。このときロープのよりを戻して間に種ガキをはさみ(この作業を種はさみと言う)、ロープを輪にしたまま海中5mほどに沈めます。

<2年目・7月(カキ11ヶ月目)>
 「輪っこのし」と呼ばれる作業によって輪をほどき一本一本垂らすようにします(垂下)。これを、翌5月まで10ヶ月間この状態にします。カキはこの期間に殻を大きく成長させます。

<3年目・5~6月(カキ21月目)>
 この時季の海(沖)は栄養が豊富なため、浜に垂下していた原盤を沖の方へ持って行きます(沖出しという)。出荷までの3ヶ月で大きくなった殻に見合うだけのプリプリの身になるよう成長します。

<3年目・10月(カキ26ヶ月目)>
 いよいよ出荷!!このように“2年以上の歳月”をかけて生産されたカキは、身が大きく濃厚な味わいを見せ、生でも焼いてもフライにしても良し、鍋に入れて良し、と最高の食材として食卓を賑わせます!

 本校、生物環境類型では、その万石浦で「カキの養殖」についても学ぶことができます!特に増殖研究部では観測や分析についても深く研究できるため、カキ養殖の専門的な知識を得ることもできます!宮水でカキの魅力にどっぷりとハマってみませんか!?

過去のコラムはこちらから

12月のコラム
海の生物=獲り放題!?

情報科学科 教諭 若松英治

 何十年も前に日本近海では、“数の子”でお馴染みの「鰊(ニシン)」が乱獲(計画性もなくむやみに獲り続けること)されることによって獲れなくなりました。また、数年前、幻となっていた秋田名物の「鰰(ハタハタ)」が、手厚い保護を何年も続けた結果、獲れるようになったという話もありました。そして今、クロマグロが激減し、「絶滅の危機」とまで言われています。

 海に生息している生物を獲って市場で売れば収入になります。しかし一方で、海の生物の自然に増える数以上に獲ってしまえば生物は減ることになります。つまり、“獲って売ること”と“資源(魚介類)の数”は、相対的なもので、どちらかが増えれば当然どちらかが減ることになります。昨今では、この両者のバランスを考えて漁をすることが重要視されています(これを資源管理といいます)。

 さて、話は10年ほど前にさかのぼります。当時中国では北京オリンピックも控え、空前の好景気に沸いていました。その余波で中国国内では、高級食材とされる「干しナマコ」を多くの人が食すようになり、ナマコの需要が急激に伸びました。日本においてナマコはよく正月に食べられるため、年末に向けて高値になるものでしたが、中国の需要によって年中年末のような高値で取引されました。それは石巻地域にも少なからず影響を与え、地域の人々は、たくさんのナマコを獲ろうと意識するようになりました。

 当のナマコにとっては迷惑な話で、普段から「じーっ」としている訳ですから、獲られるときに逃げるわけでもありません。漁業者としては獲れば収入になるわけですから、どんどん獲り続けたわけです。その結果、瞬く間にナマコがいなくなり、気付いたときにはもうほとんどナマコが海から消えてしまっていました。その頃から県内のいろいろなところから本校の「栽培漁業類型」に相談が相次ぎました。

 栽培漁業類型では、実習場が万石浦に面したところに建てられた平成元年から、地元の産物であるナマコに着目して、人工的に受精し、稚ナマコを海に放流してきていました。よく世間では、じゃあ、どこか違う海で育ったナマコを持ってきて放せば(移入すれば)良いのではないか!?などと考えがちですが、それは地元の海の生態系を崩してしまう可能性があります。ですから、元々いたナマコの生命力を信じ、あくまでも地元のナマコを増やす方法にこだわりました。

 そこで、“ナマコの種(たね)を確保し、それを一定の大きさまで育て放流する”、一言でいえば「ナマコの人工採苗(さいびょう)」という手法が確立されました。後にこの研究の成果である「種の採り方」、「種の育て方」、「獲る量と育てる量のバランスを意識すること」は、しだいに地元に広がりました。

 今日では、もう「ナマコがいなくなった、どうしよう!?」などという話はないようですが“獲る量と自然に生まれて増える量のバランス=資源管理”を意識しながら漁をするということは忘れてはいけません。

 来年度、栽培漁業類型は「生物環境類型」と名称を変更しますが、養殖はもちろんのこと、海そのものや海に生息する生物たちの環境についての研究に加え、“6次産業化”という新たな取り組みにも挑戦していきます!!“獲る漁業”も大切ですが、「生物環境類型」で学ぶ“育てて獲る漁業”にも注目です!

11月のコラム
夢をもてる学校

情報科学科 教諭 若松英治

 本校は来年度からの学科改編に伴い、情報科学科を募集停止し、新たに「調理類型」を新設します。これにより本校は、海洋総合科だけの「海に特化した夢のある専門高校」として再出発します!

 航海技術(旧航海)類型、機関工学(旧マリンテクノ)類型は、学習内容に大きな変更はありません。それは、船を操る技術や船内の機械を扱う技術が本質的に変わらないことによります。ですから、現在までに確立された技術を確実に身に付けることが学習の中心となりますが、これまで同様、海そのものの魅力を存分に味わえる類型です。この両類型は、“船乗り”になることができます。船乗りの魅力は、何と言っても普通では考えられないほどの“高収入”を見込めることです!船が好き、漁が好き、機械が好きな人には、もってこいの夢のある学科です!

 生物環境(旧栽培漁業)類型、フードビジネス(旧食品科学)類型は、学習内容をよく反映した名称に変更するだけでなく、“6次産業化”や“知的財産”を意識した学習も加わります。6次産業化とは、一人の漁業者が生産(一次産業)・加工(二次産業)・販売(三次産業)の全てを自ら担当することで、“収入を増やし、水産業により大きなやりがいを生みだそう!”という発想に基づく新しい水産業を作り出すことです。そこでは加工の技術開発(製法特許)、やパッケージデザイン(意匠)やネーミング(商標)といった、「知的財産」もたいへん重要です。6次産業化に知的財産、夢がありますね!

 そして、新設する調理類型です。昔から日本人の食生活といえば“魚”でした。ところが今日では、肉が安く手に入る上に、魚は骨が多くて食べづらいなど敬遠されるようになり、平成18年頃から肉の消費量が魚の消費量を上回ってしまいました。しかし、今まさに海外では“魚食は健康に良い”と魚食が見直され、同時に日本食そのものも含めてブームとなっています(世界遺産にも登録!)。そのような中、日本の魚食文化と調理技術、水産業が衰退していくことは決して良い話ではありません。このことを踏まえて、本校は魚食文化と水産業の発展のために、魚食型調理師を養成する「調理類型」を新設します!日本のみならず世界に羽ばたく調理師、夢が広がりますね!

 最後に、本校を受験するにあたり“類型選択について絶対に理解しておかなければならないこと”があります!本校は海洋総合科160名を一括募集します。1年生の秋から全類型の実習を経験し、各類型の学習内容を理解した上で、12月に類型を選択します。

 ここで注意が必要なのは“人数が特定の類型に偏った場合、後期中間考査までの成績、出欠状況、その他の実績によって選抜される”ということです。

 船乗りになりたい!調理師になりたい!と、夢をもって入学を希望してもらえることは本校にとってこれほど嬉しいことはありません。一方で“希望の類型に進むことができなかったらどうしよう!?”といった不安を抱える人も少なくないでしょう。しかし、“今の自分に備わっている学力”で判断し、不安に駆られてはいけません。大切なことは、“希望の類型に進めなかったら、どうしよう”ではなく、“希望の類型に進むために、どうしよう”と考えることです。例えば学力に不安があるなら希望の類型に進むため、夢を叶えるために、放課後に指導をお願いしてみましょう。喜んで指導します。


夢は、“今もっている実力で勝負して叶う”ものではなく、“叶えるために常に努力するもの”ですよね。宮水は、夢を叶えようとしている人に協力を惜しみません!希望通りの類型に進めるよう入学してからも日々頑張りましょう!

10月のコラム
“特化”するということ

情報科学科 教諭 若松英治

 特化:特定の部分に重点をおき、内容を限定する(絞り込む)ことで専門化すること。

私は先日、ある目的のために宮城県から4時間かけて自動車で山形県の日本海側に位置する鶴岡市に行ってきました。なぜ、わざわざ山形の、しかも海沿いまで足を伸ばしたかというと、それは、“世界一”を見たかったからです。

山形にある世界一!とは、そう、加茂水族館です。水族館?じゃあ、松島へ行けばいいじゃないかと思うかもしれませんが、そうはいきません。何しろそこはクラゲの展示種類数が世界一を誇る水族館で、「たくさんのクラゲを見たい!」という確固とした目的意識を持つ人こそが集まるところだからです。
 加茂水族館は、1986年(今から約30年前)に、入館者数がそれまでの過去最高の21万人を超えたときをピークに、それ以降少しずつ低迷し、平成に入ってからは年間10万人程度になりました。最低の9万人となった1997年(平成9年)、サンゴの水槽に偶然クラゲが発生したことからクラゲの展示が始まり、2000年にはクラゲ展示室を設置し、12種類のクラゲを展示、日本一となったのを皮切りに、2005年には21種類に増え、世界一となりました。さらに、2012年にはギネスにも認定され、来館者も最低時の3倍である27万人を超えました。

クラゲ展示のいきさつはただの偶然かもしれませんが、その偶然から活路を見出すように発想を転換させ、「クラゲ展示で世界一になろう!」と意気込み、ひたすらクラゲ展示に特化していった心意気に敬意を表したいと思い見学に向かったのです。ですから私はこの水族館が“クラゲに特化しているから行った”のであって、他と大差ない水族館ならわざわざ出向くことはしなかったでしょう。“特化すること”とは、“賭け”である部分も否定できません。しかし、特化した部分を欲している人にとってはとても価値のあるもので、その特殊性は他には変えられるものでないため大いに重宝されるのです。

 さて、我が宮城県水産高校ですが、学ぶことはもちろん“水産に特化”されています。

水産高校は、全国に43校しかありません。日本の全高校生のうち水産高校生の比率は、なんと0.3%にしかなりません。ですから水産高校で学ぶということは、他の高校生とは大きく異なり、専門家として活躍できるチャンスが大いにあるということになります!
水産高校で、自分自身を特化しませんか!? 

<自分を特化したいなら11月のオープンキャンパスへGo!

9月のコラム
ヒラメの成長はおもしろ~い!!・・・栽培実習場の今

宮城県水産高等学校 教諭 平居 高志

 万石浦に面して建つ栽培実習場の最近の姿について報告したいと思います。
 海に面しているとはいえ、内海であるために津波の影響をほとんど受けなかった栽培実習場ですが、地震の揺れによる配管の破損などで、長く使用不能の状況に陥っていました。海水取水ポンプが復旧したのは、震災から2年あまりを経た今春でした。
 ところが、そこで魚を飼うのは容易ではありません。2年以上にわたって魚介類を孵化させることも出来ておらず、水槽で飼える状態の魚を獲ってくるのも難しかったからです。魚の姿をたくさん見ることが出来るようになったのは、それから更に2ヶ月を経てからのことです。
 現在は、震災後に実習場で孵化させたウニやナマコも大きくなってきました。6月には、青森県八戸市の青森県栽培漁業振興協会から送ってもらった受精卵を使ってヒラメを孵化させました。卵がうまく孵化するためには、卵が水中に漂っている必要があります。ところが、最初、卵は水槽の底に沈殿してしまいました。これでは孵化しません。いろいろと原因を探したところ、卵を採った八戸の海と、石巻・万石浦では塩分濃度が微妙に(1000分の2くらい)違っていたそうです。たったそれだけの違いで、卵は孵化できないものなのです。自然というもののデリカシーにはびっくり!です。

 ヒラメという魚は、生まれた時には、他の魚と同じように目が左右にあって、体の形も扁平ではなく、水中を泳ぎ回っています。それが、2~3週間でだんだん目が左側に寄り始め、体の形も次第に扁平となって、1ヶ月あまりのうちに私たちが知っているヒラメの形になり、やがて水底にじっとするようになります。ヒラメはその生涯で、魚としての進化の歴史を追体験するようです。面白いものですね。

 震災前、実習場の水槽には、40~50センチのヒラメが飼われていましたが、震災後、ポンプの破損で水質が悪化し、全て死んでしまいました。今夏孵化させたヒラメが、そのような大きく立派なヒラメになるのはいつなのでしょうか?
 他にも、元気なボラの稚魚、ヨウジウオ、タツノオトシゴといった不思議な魚、ハゼやアイナメといったのっそりとした底魚など、いろいろな魚を見ることが出来ます。
 宮水は11月9日(土)にオープンキャンパスを開催します。中学生は体験授業、大人の方には同じ時間帯にキャンパス見学会を実施します。栽培実習場を見るチャンスです。来春宮水を受ける予定の人もそうではない人も、子どもも大人も、ぜひ、今書いたような魚たちに会いに来て下さい。 

8月のコラム
オーシャンキャンパスを終えて

    宮城県水産高等学校 教諭 大坂 久美恵

 67月15日(月)の海の日に実施した「オーシャンキャンパス」~「海の日」に宮水で海のことを考えよう~が,無事終えることができました。お越しいただいた皆様に教職員・生徒一同心より感謝申し上げます。

 オーシャンキャンパスも三年目を迎え,毎年ニュースや新聞等で報道されている甲斐もあって多くの方々に参加していただき,およそ110名にもなりました。宮城丸乗船で80名の乗船予約があり,12日の締切りにはキャンセル待ちが出るほどでした。宮城丸の乗船は,前日からの大雨で出港が危ぶまれましたが,無事に体験することができました。皆さんにはとても喜んで貰えて良かったです。小型船体験の「スピカ」と「ベガ」での万石浦内体験乗船では,100名程の希望者があり,人気ぶりは上々でした。

 また,艇庫において実習体験がありました。航海類型では水産技術部生徒の指導によるロープワーク実習で,「もやい結び」や「巻き結び」に挑戦し,器用な人はより難しいロープワークにもチャレンジをしていました。一本釣り体験!(カツオの一本釣り模擬体験)では実際のカツオに見立てたペットボトルで,本物のカツオ釣っているような感覚を味わっていました。ヨット部による救命イカダの展示があり,イカダの中で楽しそうに飛び跳ねて遊んでいる子どもの姿も見受けられました。増殖研究部による万石浦の生物と環境(プランクトン・幼稚魚の観察,カニ籠引き上げ体験・水質調査等)ではプランクトンを顕微鏡で興味深く覗いていました。

 マリンテクノ類型は,エンジン分解・鋳物体験で金属(アロイ)を溶かし型にはめて,カメや魚の形をしたキーホルダーを作り,作品をお土産として嬉しそうに持ち帰っていました。これは毎年行列になる企画で,材料がたちまち無くなる程の盛況ぶりでした。食品科学類型では,調理研究部による「かまぼこを作ろう!」と題しての製造体験と干物(焼き)販売実習がありました。かまぼこ作りでは,自分で形づくったものを揚げて試食できるとあって幅広い人気を得ていました。焼き立ての干し物の魚は大変良い香りが立ち込め,すぐに完売しました。

 情報科学科では,情報無線研究部によるLEGOロボットプログラミング体験・課題研究紹介・ハイブリット製塩プラントの紹介がありました。動くロボットにジッと目を凝らして見ていたお子さんもいました。各類型の魅力ある実習は授業や部活動で行っている一部で,お客さんには大変喜んで貰いました。

 その他,水泳部によるダイビング器材展示・ウェットスーツの試着。JRC・生徒会は会場案内・誘導・清掃と各部が一丸となって行事に参加しました。また情報企画部の教員による進学相談会コーナーもあり,学科改編のポイント,各類型や,新設される調理類型についての説明がありました。また下宿の紹介等,Q&Aのやりとりで熱心に話を聞く保護者の方や小・中学生の姿も多く見られました。今年度の「オーシャンキャンパス」も大盛況の中,終える事ができました。本当にありがとうございました。

5月のコラム
「海技士」と「専攻科」

宮城県水産高等学校 教諭 若松 英治

船には、次のような役職(階級)の船員がいます。
 1.船長(船全体を統括する)
 2.機関長(船内のエンジン場の統括)
 3.一等航海士・機関士
   (航海士は船の運転、機関士は機械操作やメンテナンスを担当)
 4.二等航海士・機関士
 5.三等航海士・機関士
 6.甲板員・機関員
その船の大きさや種類に応じて、必要になる航海士の人数が決められています。

 世界の7つの海で仕事をするには“海技士”という資格が必要です。本校の航海類型とマリンテクノ類型では3年生で4級海技士を受験します(※注:宮水は、船乗りを養成するためだけの学校ではなく、「船乗りにもなれる」学校です)。海技士は“甲板・機関・通信”に別れており、航海類型で“甲板”、マリンテクノ類型で“機関”の分野で受験します。甲板員・機関員から始まるか、航海士・機関士から始まるかは、この海技士資格の有無や船の規模や種類によって決まります。

 それら類型の卒業生の進路に漁船や商船、調査船(しんかい6500など潜水艇を運ぶ船)があります。調査船や商船は固定給で定期的に昇級します。漁船は会社への貢献度や勤続年数で固定給の額を決めますが、その船の漁獲高によって、さらに上乗せするのが一般的ですので、固定給+出来高といった給与形態になります。昨年、卒業してすぐに甲板員として漁船に乗り、1年間で約980万円(普通の高卒者と比べ4倍ほど)の年収を得た卒業生もいます。家庭の事情などで卒業生全員が船員になっているわけではありませんが、卒業後、「船乗りになりたい」、「上位の海技士免許を取るために勉強を教わりたい」など、学校に相談に来る卒業生も珍しくありません。宮水は、広く門戸を開き、船会社への就職斡旋や資格のための勉強の手伝いなど、卒業生からの相談に対して必ず面倒を見ています。

 そして本校には、航海かマリンテクノ類型の生徒が高卒後、さらに2年間専門性を高めるために進む“専攻科(航海・機関)”が存在し、3級海技士の取得に力を入れています。3級海技士の取得により、一般的に“二等航海士・機関士”として船に乗り込むことができます。乗る船にもよりますが、卒業してすぐに1000万円を超える収入も可能です。20代で“船長・機関長”になることも珍しくありません。

 しかし、残念なことに、かなり魅力的な収入を見込める“船乗り”ですが、現在“不足”しています。なぜ不足しているのかを考えると、船乗りがきつい仕事であるとか、危険であるとか、そういった“イメージ”によるものもあるでしょうが、実はもっと根本的なところに問題があるのです。

 それは、「なぜ専攻科があるのか」ということと密接に関係してきます。本校の専攻科は昭和31年に設立されています。政治的に遠洋航海が可能になると同時に、冷凍技術の急速な発展と食糧難が続いた時代背景もあり、船が急増することで船乗りが圧倒的に不足したため、半ば国策で、海技士の早期養成機関として全国の水産高校に専攻科が設立されました。それから50数年経ち、当時から活躍してきた船乗りの方々の年齢から考えると、現在は世代交代の時期に突入しているわけです。要するに船乗りが高齢化し、引退していくなか、全国の水産高校で船乗りを輩出しても、その穴を埋められていないのです。特に“機関士不足”は深刻で、本校には全国の船会社から機関士が欲しいという連絡が多数来ます。
「船乗りがいない」ことは、魚が食べられなくなるというだけではなく、原材料やエネルギーが不足し、貿易や国内の流通は停滞、工業製品を生産できなくなることを意味します。

 ですから、中学生のみなさんに「是非、宮水に興味を持って欲しい、来て欲しい」、というのが我々の切実な願いです。この船乗り不足を“チャンス”ととらえ、積極的に「海技資格を取得したい」という目標を持って本校で学ぶことは、これも“豊かな人生を切り拓く一歩”になるのではないでしょうか



2013.4月のコラム
「ものはこび」の仕事

宮城県水産高等学校 教諭 高橋 昭二

 “40日間―”。この日数は大型タンカー(長さ約300m、幅約60m、高さ8階建てビルと同等)が日本を出港してペルシャ湾で原油を積み込み、日本に戻ってくるまでの日数です。

 私は教員になる前に、「航海士(船の運転手)」ではなく「機関士(船内のメカニック担当)」としてこの大型タンカーに乗って原油を日本に運び込む仕事をしていました。この大型タンカーですが、積み込める原油量は、約30万トン=約3500万リットルにもなり、なんと50リットルタンクの自家用車700万台(東北6県の全登録車両数で約500万台)を一隻のタンカーで満タンにすることができるのです!ですが“40日間”かけて運んできた原油は、日本ではおよそ「半日」で消費してしまいます。いかに日本が原油を必要とする国であるかが分かると思います。

 船は、原油を運ぶだけにとどまらず、他にも鉱石、木材などありとあらゆる資源や材料・素材そして製品を大量に輸送し、私たちの豊かで快適な暮らしを支えています。ですから、船が無ければ、あるいは航海士や機関士といった「船乗り」がいなければ、日本の経済活動が成り立たちません。具体的に言えば、原油が足りなくなりガソリンが一滴もない、食べものが手に入らない、テレビやゲーム機などの工業製品も作れない、とにかく現在の生活を維持できなくなるということです。私は、ダイナミックな仕事をしていくなかで“日本の経済を支えている”と肌で感じることがきました。もちろん、やりがいを持って仕事をすることができました。

 大量の貨物と船、両方の財産を預かっている乗組員は、財産を守り、安全かつ確実性が求められる大きな責任が課せられているため、その「報酬(給料)」が良いのも船乗りの魅力のひとつといえます。その人の地位(役職)や船の種類によって異なるので具体的には言えませんが、気になる方は参考までにhttp://www.senin-jobnet.org/kjsb/index.htmlにアクセスして下さい。

 「船乗り」になるためには、「海技士」という国家資格が必要です。自動車整備や電気工事、機械製作などを専門に学ぶ高校生は沢山いますが、船を専門に学ぶ高校は、全国でも43校しかありません。また、海運業界では、乗組員の年齢が高齢化の状態にあります。定年退職した人を延長雇用で船員をまかなっているのが現状で、この状態が長く続けられるはずもありません。

 このように、高い報酬をいただける船乗りではありますが全国的に不足しています。逆に言えば船乗りを志すことは“就職難”とは無縁ということです。海運業界は若く、“海技士”資格を持つ人材を必要としています。本校の「航海類型」、「マリンテクノ類型」に進む生徒には、“海技士”資格を取得するチャンスがあります。是非そのチャンスを活かしてみてはいかがでしょうか!?